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里山の価値ってなんだろう。多様な社会で生き抜くヒントを里山から学ぶ

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里山の価値ってなんだろう。多様な社会で生きるヒントは里山にあった

「これから山に行くのかね?頑張ってな〜」

低山ばかり行っていると、里山を通りながら登山口に向かう機会がよくあります。何気なく歩く里山に興味を持ち始めたのは、そこで暮らす人と触れ合い始めたころからでした。

信仰深い山には昔から登山文化が根付き、その山の麓で暮らす人々は数多くの登山者を迎えたと言われています。昔から話かけることが習慣化されているのか、地元の人と話ができるのは嬉しいものです。

そんな、興味をそそられてしまう里山とは一体なんなのでしょうか?

今回は里山の定義や歴史を追いかけながら、現代社会における里山の価値を考えていきます。



里山の定義と歴史を辿る

里山の価値ってなんだろう。多様な社会で生きるヒントは里山にあった

里山の定義は曖昧

里山のイメージはどんなものを想像されますか?

「山の麓にある集落」
「田や畑がある村」
「標高500m以上にある町や村」
「森の中にある集落」

などなど、人によってイメージが変わり、定義も曖昧なようです。

環境省のWEBサイトでは里山のことをこのように定義しています。

「里地里山とは、原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域です。農林業などに伴うさまざま人間の働きかけを通じて環境が形成・維持されてきました。」—環境省(ttp://www.env.go.jp/nature/satoyama/top.html)

人の手があまり届かない原生的な自然(山や森)の一部を、人が暮らせるように開拓した地域を里山としているようです。(里地里山とも呼ばれています)

里山は日本の国土の約4割を占めるほど、各地にあります。田や畑を開拓するために、ため池や用水路を作り、薪や炭を得るために森林を伐採して、新しい木を育てる。

それによって本来生息することができなかった生物が生まれ育つ。

適度に人の手が入った、循環性のある豊かな地域…それが里山なのです。

生物多様性の縮図とも言える里山は、自然が生活の身近にある、日本ならではの環境だからこそ成り立つものです。

近年、海外からも注目を浴び「スシ」や「テンプラ」よりも日本の田園風景に感動する外国人も増えているとか。

日本の原風景になる里山やその暮らしの中には、ヒントがたくさん隠されてるかもしれませんね。

里山の歴史と課題

里山の価値ってなんだろう。多様な社会で生きるヒントは里山にあった

里山はこれまでどのような歴史を辿ってきたのか振り返ってみます。

里山と呼ばれるようになったのは江戸時代という説や近代化してきたころからなど、様々です。

そんな里山の歴史を辿っていくと大きく3つに分けられます。

①はるか昔から1965年ごろまで
②1965年から1991年ごろのバブル崩壊まで
③1991年から現代までの情報化社会

①の幅が大きすぎるような気もしますが、順を追ってご説明します。

①はるか昔から1965年ごろまで

里山の原型ができたのは、縄文~弥生時代ごろと言われています。稲作が中国から日本に伝わり、「米うめぇ!」と全国に広まりました。

「里山」「水田・畑」「集落」の3つはほどよい距離を保ちながら共生していたのです。

このように里山から採れる豊かなエネルギー資源には価値がありました。

川から水を引き稲を育てて、土地を開拓して暮らしやすくする。山で採取した木の葉や枝は肥料にして、水田や畑を循環させます。

②1965年から1991年ごろのバブル崩壊まで

時代は近代化に進み、里山に変化が訪れます。自然に採れる燃料から化学燃料や化学肥料が大量に作られ、世の中は大量生産、大量消費の方向へと向かいます。

ゆっくりとした循環は、その流れに追いつくことができず、里山が持っていた資源価値は低くなり、仕事が減っていきます。

仕事がなくなると必然的に里山から人が離れ、これまで人の手によってまわってきた循環性が失われ、里山は荒れていきました。

樹林は日が当たるように適度に伐採しなければ質の良い木が育ちません。枯れ葉もほったらかしの状態では木の根を腐らせることもあります。

人が離れ、藪だらけになれば野生の動物たちはそれを隠れ蓑にして、集落に近いところまで進出してきます。

畑は荒らされてしまい、そこで暮らす人は大打撃を受けますね。

それに拍車をかけるように、高度経済成長期には一斉に森林伐採が行われました。都心に移動した人たちの家を建てるために大量の木が必要だったのです。

木を伐採しすぎると地盤が弱くなり、土砂崩れを招くことになります。鹿の増殖や熊が人里に下りてくる現象は、生物の生態系が崩れ始めていることの予兆だったのです。

③1991年から現代までの情報化社会

インターネット(テクノロジーの発達)が急速に広まり、一気に情報化社会へと向かいます。これまで高価なモノを所有していることが豊かさとされていましたが、東北大震災をきっかけに「こんなに大量に物いらなくない?」と足るを知ることに世の中が気づき始めます。

人の視点だけで動いていると、地球はいつか汚染だらけになるよ…と世界の有識者たちが問い始め、地球単位で自然環境のことを考え始めます。

無駄なエネルギーを削減して、地球にやさしいプロダクトを作り、自分たちだけで循環できる仕組みを整える人たちが増えてきました。

職種にもよりますが、オンライン上で仕事をすることが可能になり、都心に住む必要もなくなってきています。

フリーランスの増加、一つの場所にとらわれない多拠点暮らし、各地を旅するように暮らすアドレスホッパー。

新しい生き方や暮らし方を模索する時代がやってきています。

里山の価値を考える

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自然と都市を繋ぐ重要なハブ

里山の価値とは一体なんだったのか…。

かつては純粋なエネルギー資源だった里山は時代を越えて注目を浴びつつあります。

海外の人は里山景色そのものに感動し、観光として楽しんでいます。

国内では都会の生活に疲れた30~50代の人たちの癒しの場として、憧れのイメージを持っている人もいるでしょう。(僕もその一人です)

仕事場を自由に選べるようになり、若い世代からも里山で仕事をすることが、働き方の一つの選択肢としてあります。

里山は「自然」と「都心(人)」を繋ぐ重要なハブとして機能するようになってきているのです。

でも、里山の役割はそれだけではないと考えています。

里山の生物多様性

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生物多様性とは、多様な環境の中で様々な生物が生きるために生きていく生態系…、個性と個性の繋がりをあらわした考え方です。

里山は自然、動植物、人が交わる場所で生物多様性の概念がギュッと凝縮されています。

これまで里山の循環性という言葉をたくさん使ってきましたが、その流れを一度整理してみましょう。

①川の水を水田に引く(用水路を作る)
②畑や生活水としてため池を作る
③木の葉や枝、家畜の糞を肥料にする
④光を通りやすくするために伐採する
⑤伐採した木は炭や薪、建築に使われる
⑥次の世代のために植林する
⑦新しい木が地盤を強固にする

このように一つのものごとが巡りめぐって循環されているのです。

生物においても同じで、本来なかった用水路やため池に新しい生物が住みつき、それを補食する生物も現れる。補食、補食の連続性の中で、最後は糞や死骸になり土へと還る。

各々は生きるために生きた結果、循環していたんだと気づかされます。

一方、何かが欠けるとたちまちバランスを崩し、生物体系が乱れてしまうのです。

山歩きのマナーに「動物に食料を与えない」「稀少な高山植物の群生には立ち入らない」などがあります。

SNSでいいね!が欲しいために、立ち入り禁止区域や野性動物に近づいて写真撮影してしまうことが時おり問題になりますね。

自然にはない不自然な人工物が交じることによって、生態系を崩してしまう恐れがあるから、そっとしておいてね!というメッセージだということを忘れないようにしましょう。

多様社会で生きるヒントは里山にあった

里山の価値ってなんだろう。多様な社会で生きるヒントは里山にあった

日本が歩んだ道、変わりゆく時代

生物多様性は一つの力だけでは成り立たなく、各々が役割を担いながら共存する生態系ということがわかりました。なんだか人間社会にも通ずるものがあるなぁと思いませんか。

高度経済成長期の価値観は「所得倍増」をスローガンにより多く、より大きくと前へ前へ進んでいました。

「東洋の奇跡」とも呼ばれた日本の発展はたちまち世界経済のトップを争うようになるのです。

しかし、その犠牲として、大量の廃棄物による公害や、エネルギー生産のための原発など、自然にとっては不自然なものがごろごろと生まれてしまいました。

身近な暮らしでは、華やかな生活に憧れ、一人ひとりの個性よりも、みんながみんな同じことをやることが正とされていました。

個人の思いが可視化され、やさしい未来へ

IT革命が起き、SNSが浸透したことで「実は私もそう思っていた」「実はみんなと同じにしないといけないことに苦しんでいた」など、情報や想いが可視化され共感の場が増えました。

ここから時代の流れは早くなり、どんどん加速していきます。

モノに溢れてしまい、物質よりも体験に注目が集まります。しかし、ツアーやパッケージのように作られた体験では満足できず、もっと自然に、ありのままを体験したいと暮らしに近い旅ができる民泊が台頭してきました。(単純に安いからかもしれませんが…)

モノ→体験と進むと次は精神の追求、すなわち自己探求へと感心が進みます。体験する側ではなく、体験を作る、一緒に分かち合うことに共感が集まり出したのです。

そのためには、自分が何者なのか、何がやりたいのかを模索しないと真に面白い体験を作ることも味わうこともできません。

お金の価値よりも人や文脈を重視するようになり、経済は信用経済に変わろうとしています。誰かがひいたレールが全てではなく、多様な価値観を認めるようになってきたのです。

「あなたと価値観は合わない」「協力はできない」でも、そういう考え方もあるのだと認めることは、生物多様性そのものではないでしょうか。

多様な生き方や答えが混ざりあう「個」を重視した社会は、やさしい未来への第一歩だと思っています。里山がもともと持っていた価値にこれからの生き方のヒントが隠されていたのです。

まとめ

里山についての定義や歴史、未来について考えてみました。

「自然が大事だから大切にしよう!」
「里山保全に力を注ごう!」

僕はこのようなスローガンを掲げてる訳ではありません。しかし、これまで長い歴史で培った日本の里山の考え方は、現代にも通ずるものがあり、残していきたいものだと強く思っています。

里山と現代社会…。

どちらか一方に偏ることなく、共存できる世の中になるといいなと期待しています。

山歩きを通して感じたことは、僕の中では間違いではないので、その想いをこれからも伝えていきたいと思います。

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里山という物語: 環境人文学の対話

結城 正美 (編集), 黒田 智 (編集)


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里山の環境学

武内 和彦 (編集), 恒川 篤史 (編集), 鷲谷 いづみ (編集)


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里山奇談 めぐりゆく物語

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山ハレ鳥トケ編集長。壮大な景色も好きだけど、山の中の小さな世界に魅力を感じます。里山、山城、街道など山と人の間を巡る山歩き紀行を書いてます。

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