登山遭難者は毎年増加傾向にあり、山での遭難は他人事ではありません。登山は危険と常に隣合わせです。対応すればいいのでしょうか。遭難しないためにどのような準備をしておけばよいでしょうか。
今回は登山を楽しいものにするために最低限知っておきたいことをご紹介します。
警察庁によると2018年の山岳遭難は2,661件で、遭難者数は3,129人と毎年増加傾向にあります。山岳遭難事故は25年で3倍以上になったと報告されていますが、遭難事故が増加したというよりは携帯電話の普及に伴い警察庁への「通報件数が増加した」からとも一方で考えられます。
一昔前は命に関わるような大事故しか救助を要請せず、その他の事故は誰にも通報せずに解決されていたからです。
とはいえ、登山のリスクがあることは変わっていません。統計によると60代以上の遭難件数が一番多いですが、20~40代の事故も少ないわけではありません。登山ブームに伴い知識や経験のない人が危険について理解しないまま登山を始めることが事故につながることがあります。
遭難すれば二人に一人は怪我を負う、死亡するとの報告もあります。誰もが遭難する可能性があることを肝に銘じておきたいものです。
登山における遭難とは山で生死にかかわるような危険に遭遇することを意味し、道迷い、滑落、転倒、怪我、急激な天候の変化などが含まれます。過去に起きた遭難事例をご紹介します。
2003年11月千葉県房総半島南部の低山(石尊山〜清澄山)にて日帰りハイキングに出かけたグループ30名が道に迷い一晩ビバークする事故がありました。命には別状なく、翌日に全員無事に下山しております。
主な原因はガイドが下見をしていなかった、無茶な計画だった、コース案内する標識がなかったなどです。
2009年7月にトムラウシ山で遭難事故がありました。この事故がテレビでも大々的に報じられ、登山の怖さを痛感した記憶に新しい事故です。
主な原因はガイドの天候判断ミス、現場での連携不足、引き返す決断をしなかった、ツアー客自身の遭難対策の不足、低体温症の無知などが挙げられています。
遭難ではありませんが2019年5月鹿児島県屋久島で314人が、予想以上の豪雨に遭遇し、山中に一時孤立する事故が起きました。冠水や陥没、土砂崩れが発生し孤立したまま一夜を過ごすことになりましたが、重傷者はいませんでした。
世界遺産に登録されている縄文杉の往復にはメジャールートの「荒川登山口」から約10時間かかり、早朝出発の時点では警報は発表されておらず各ガイドの判断に任されていました。
いずれもガイドつきの遭難事故ですが、例えプロのガイドが同行したとしても、事故は起こるものと捉え、ガイドに頼りっぱなしではなく自分でもまわりの状況をみて判断する知識や技術を身につけておくことも重要だと言えます。
遭難の中でももっとも多いのが「道迷い」と「滑落」です。実際自分が遭遇したときはどのような対応するのが良いのでしょうか。一般的な対策をご紹介します。
山岳遭難で一番多いのは「道迷い」です。低山の日帰り登山だからといって侮ってはいけません。有名で人気のある山はコースが整備されているため、道迷いの可能性は低くなります。
逆に人が少ない低山ほど、コース道案の標識がなく迷いやすくなるため遭難事故が多いのです。低山には農道、林道、作業道などが多く、登山道から外れてしまう可能性が高いことも原因の一つです。
もし道に迷ったらどうしたらいいのでしょうか?「おかしい」と思った時点で来た道を戻るのが一番です。進めばなんとかなる、地図を出すのが面倒くさい、自分は間違ってない…などと考えている時点でもう冷静でないことに気づきましょう。
遭難したときの心理としては早く下山したい、下れば道が見つかるかもしれないと考えがちですが、下り続けることで崖に阻まれ滑落の危険もでてきますし、裾の広い山域ではさらに深く迷いこんでしまいます。
1,000m級の山であれば登る方が救出の可能性が高まることもあります。尾根まで辿り着けば正しい道に出られることもありますし、携帯電話の電波が届く可能性も高まります。
登る体力がなく現在地を見失った場合は、その場から離れず救助を待つのが良いでしょう。
いかに早くおかしいと気づくことが道迷いをなくす一番の対策なので、各ポイントごとにGPSアプリや地図を確認して、現在地を常に把握するようにしておきましょう。
滑落してケガをして動けなくなった場合は救助を待つほかありません。少しでも動ける場合はセルフレスキューをしましょう。まずやるべきことは「体温の確保」です。
遭難者の死亡例で一番多いのが「低体温症」と言われています。「低体温症」とは35度以下の状態が続くことを指していて、35度あたりから体の居震え、思考力の低下が起き始め、34〜31度で意識が朦朧としていきます。そうなってしまうと自力での回復が困難なため「体温の確保」を事前に行うことが重要なのです。
体温の確保は以下の点を対応します。
・服が濡れている場合は着替える
・防寒着を着こむ
・風よけ対策を行う
・エネルギーの確保
服が雨や汗で濡れている場合は、乾いた服に着替えもっている防寒着を着込んで体を温めます。
風よけはエマージェンシーシートやツェルトがあれば全体をまとうようにして、手袋や帽子で表に出てしまう部分を保護します。
水分補給と食料や行動食があれば先に摂取しエネルギーを補填します。一気に全部食べてしまうと救助がくるのがどれくらいかかるのかわからないため、どれだけ残っているか把握した上で口に入れるようにします。
もし、歩けるぐらいの怪我なら発見されやすいような開けた場所まで自力で移動して、そこで待機するのが良いです。誰かが一緒なら励まし合って、必ず生きて下山する決意でいてください。
山での遭難は山岳救助隊が担当してくれます。山岳救助隊は「消防庁」に属しており、費用は税金から払われることになります。しかし、山岳救助を消防単位で行っていない自治体もあり、その場合警察庁の山岳警備隊が担ってくれることがあります。
民間の山岳会や民間人が捜索に協力してくれる場合、一日一人当たり2〜3万円、10%を山岳会として150人規模で捜索するなら一日少なくても30万円はかかることになります。日数がかかるとそれだけ費用もかさみます。
ヘリコプターレスキューは警察、消防、自衛隊、民間ヘリ会社が行っています。公的機関は無料で救助してくれますが、民間ヘリの場合は当然遭難者が費用を負担します。遭難現場が分かっており、1時間前後で救助できた場合で50〜80万円くらいかかります。行方不明などで時間がかかる場合はもっと費用がかかります。
平成30年1月から埼玉県は全国初山岳遭難救助の有料化に踏み切りました。燃料代相当分として運行5分当たり5000円を請求しています。一例として同県小鹿野町二子山で救助された60代男性は防災ヘリで救助され58分間の燃料費55,000円の手数料が請求されています。
遭難時に救助費用のことを考えてしまい躊躇するのは本末転倒ですので、事前に山岳保険に加入しておくことをおすすめします。
事前の準備をすることが遭難の確率を減らす何よりの近道です。よくありがちなのが、リーダーだけが登山計画を把握しており、他の人はまかせっきりで頭に全くルートがないことがあります。
万が一何かが起きたとき、何も分からなかったり、装備や道具がなかったりすると生死にかかわる可能性もでてきます。
事前に標高や登山口までのアクセス、登山ルート、登山道の状況、天候などを調べます。ルートや登山開始時間、下山予想時刻も把握して実際のタイムをチェックしながら歩きましょう。
道に迷いそうな地点は特にチェックして無理のない計画を立てるようにします。自分で登山計画を立てられるようになれば、もっと安全に登山ができ楽しめるようになります。
登山計画書は誰がどんなメンバーで、どんなルートで登るのか、代表者の連絡先などを警察署や指定の場所に提出するものです。登山計画書を提出することで登山ルートの確認を本人とメンバーが確認できるだけでなく、緊急時の捜索活動をスムーズにするのに役立ちます。
登山計画書は登山道の近くに設置してある「登山ポスト」に投函する、前もってファックス、郵送、メールで送って提出することができます。
登山中の事故や遭難に備えて山岳保険に加入しておきましょう。日帰りで持ち物の破損、故障、盗難もカバーしている保険も登場しています。保険には年間契約のものと一日だけの保険もあるため、登山頻度に合わせることも可能です。
民間ヘリに救助を要請する場合、保険に加入していればすぐに飛ばしてもらえますが、未加入の場合、誰が支払うのか確認してからでないと出動してくれないケースもあるようです。もし救助してもらった場合、数百万かかることもあることを考えると保険に加入していると安心です。
登山計画書を提出せず、山岳保険にも加入せず行方不明になって死亡した場合、自殺とみなされ保険金が請求できないこともあるので注意しましょう。
登山における遭難はどのように遭難してしまったかにより、やれることも限られてきます。滑落して骨折した場合や、急な天候悪化による視界不良時では動くこともできない状況ですので、そうなったときに予定時間に下山できていないことを他者がキャッチできるようにしておくことが早期発見の鍵になります。
そのためには登山計画の提出や家族への報告を怠らず、万が一遭難して捜査することになった場合に備えておくのが山岳保険になります。
自分の登山技術をよく知り、無謀な登山に挑まないことが何よりも大切です。悪天候が予想される場合は中止にする、道迷いを防ぐためにGPS機能付きのアプリを準備しておく、◯◯時までに頂上や山小屋に辿り着けないとわかったときは撤退する…など、基準を決めておくことがリスクを減らす第一歩です。
登山は楽しい面ばかりが表に出てきますが、その反面危険も伴うこともしっかり意識しておきましょう。
▼遭難防止に役立つ本
▼セルフレスキューに役立つもの
ファーストエイドキットは必要なものを個別で揃えるのもおすすめです。
▼HIKES編集長の里山トラベル
HIKES編集長の山歩きをTwitterでも発信しています。山歩きをしながら地域の歴史を巡る里山トラベル活動をしています。フォローされると喜びます。
東京青梅駅から歩いていける長渕丘陵は気軽なハイキングコース。なんだけど、あかぼっこからは奥多摩の山々が見渡せる素敵な場所です。年末年始でくっちゃりねっちゃりして、鈍った体を整えるきっかけになるのでおすすめです。多分1月に行く。 #里山トラベル pic.twitter.com/NyVksMhOA6
— 宮本 将弘 (@masa_yco) December 28, 2019
HIKES編集部です。「歩くを文化に暮らしを楽しむ」をコンセプトに自然の中を歩くことが暮らしの一部になるようなコンテンツを発信していきます。登山やハイキング、ロングトレイルを始め、地元の人しか知らない里山噺など、歩くことを軸にしたWEBメディアです。
登山の天気チェックはどうしてる?山の天気の特徴と天気予報サービス
安全で楽しい登山をするためには「天気」は重要なポイントです。一般の天気予報は街の予報であって山の天気…
登山中のトイレにご用心!山のトイレ問題は下調べと準備を欠かさずに!
「登山中、トイレに行きたくなったらどうしよう…」誰もが抱える悩みですね。人気のある山は整備されている…
登山で役立つエマージェンシーキット。必要な理由と準備すること
警察庁が発表する『山岳遭難の概況』によると登山中の事故やけがなど、遭難者は年々増えているそうです。遭…
登山前日にやっておきたいこと。食事や睡眠にも気を配ろう!
登山を楽しく安全に行うには、事前の準備がとても重要です。特に前日の行動において注意しておきたいことが…
登山で疲れないためのコツは?歩き方や回復方法、疲れない体作るをご紹介
登山は楽しい!でも帰ってからの疲れが中々とれないということはよくありますね。疲れるから登山に行きたく…
ひとり登山の魅力とは。リスクを知りつつ、安全登山を心掛けよう
山雑誌では、毎年必ず単独行の特集が組まれるほど、ひとり登山の人気は高まっています。ひとり登山は、グル…
登山計画は安全登山の第一歩。計画の立て方と遭難防止に役立つサービス
「登山は計画で全てが決まる」と言っても過言ではないほど、登山計画を立てることは重要なことです。 何時…
登山ではどんな食べ物を持っていく?登山に最適な食料を考えよう
1回の登山で消費するカロリーは約2,000kalと言われるぐらい非常にエネルギーを消費します。そのた…
登山の緊急時に役立つホイッスル。使い方や種類を知って備えておこう!
登山でいざというときに役立つのが「ホイッスル」です。滑落や遭難、ケガで動けなくなったときに救助を呼ぶ…
初心者にやさしい関東の日帰り登山ルート。計画立てて山へ行こう!
「体力がないから山に登る自信ない…」「遭難とか怖そう…」など、登山は未経験者からすると距離が遠いイメ…
【那須岳(茶臼岳・朝日岳)】火山のダイナミックな光景と紅葉をロープウェイを利用して楽しむ日帰り登山
那須岳(なすだけ)は栃木県北部に位置する那須連山、特に「茶臼岳(ちゃうすだけ)」「朝日岳(あさひだけ…
【岩木山】青森県の最高峰を九合目からお手軽に登頂
津軽平野の南西にそびえる岩木山は、青森県の最高峰で日本百名山に選定されています。その美しい円錐型の山…
【男体山】中禅寺湖を振り返りながら奥日光の霊山を登る日帰り登山
男体山は中禅寺湖の北側にそびえる、美しい円錐形の山です。古来、日光二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ、…
【木曽駒ヶ岳】初心者でもロープウェイで中央アルプス最高峰へ!千畳敷カールの絶景が待つ日帰り登山
中央アルプス最高峰の木曽駒ヶ岳(きそこまがたけ)は標高3000mに迫る標高がありながら、ロープウェイ…
【大台ヶ原】豊かな自然と見どころ満載の東大台ハイキングコースを歩く
奈良県と三重県の県境に位置する「大台ヶ原(おおだいがはら)」は、日本百名山をはじめ、日本百景、日本の…
【奥多摩・御前山】奥多摩湖から始まる急登の連続!達成感を味わえる日帰り登山
大岳山(おおだけさん、おおたけさん)、三頭山(みとうさん)とともに奥多摩三山に数えられる「御前山(ご…
【塔ノ岳・登山】首都圏近郊の好展望の山!丹沢を代表する人気コース表尾根を歩く
表丹沢の「塔ノ岳(とうのだけ)」は、展望の良さと都心からのアクセスのしやすさで人気の山です。標高は1…
【檜洞丸】西丹沢の秘境を巡る日帰り登山!アクセスと難易度、絶景ポイントを紹介
檜洞丸(ひのきぼらまる)は西丹沢の山深さが感じられる静かな山で、「西丹沢の盟主」とも呼ばれています。…
【袈裟丸山】花見登山を満喫!山肌をピンクに彩るアカヤシオの名山を歩く
栃木・群馬県境の足尾山地に属する袈裟丸山(けさまるやま)は、アカヤシオの名所として名高い山で、シーズ…
【大楠山・登山】三浦半島を横断!海と山の360°パノラマが楽しめる低山ハイキング
神奈川県三浦半島の最高峰、大楠山(おおぐすやま)。海に囲まれた半島に位置するため、東京湾、房総半島、…
【群馬・根本山】自然のアスレチック!低山ながらスリルと登りごたえのある古道歩き
栃木・群馬両県の百名山に選定されている「根本山」は、古くから信仰の山として親しまれています。根本山へ…
【丹沢・不動尻】一面黄色の世界!早春のハイキングで「ミツマタ」を見に行こう!
春が来て登山・ハイキングに最適なシーズンとなりました。春ハイキングの楽しみのひとつに、山で出合うお花…
トレイルランと登山の違いを解説!自分に合った山のスタイルを見つけよう
トレイルランと登山は、山を「走る」のか「歩く」のかという違いだけで、似たようなものだと思いがちですが…
【積雪期・谷川岳】雪山初心者におすすめ!日帰りで360度白銀の世界へ
「トマの耳」「オキの耳」の双耳峰(そうじほう)からなる「谷川岳(たにがわだけ)」は、日本百名山のひと…
【伊豆ヶ岳】奥武蔵屈指の人気コースを歩く日帰り縦走登山
気軽にハイキングが楽しめる低山の多い奥武蔵エリア。その中でも一番人気といわれるのが伊豆ヶ岳(いずがた…
【皆野アルプス】身近な里山のアルプスを縦走する日帰り登山(破風山・前原山・大前山・天狗山)
皆野アルプスは破風山をはじめとしたいくつかのピークをつなぐ低山縦走コースです。最高峰の大前山でも65…
【三国山・鉄砲木ノ頭】富士山の絶景を満喫するハイキングコース
丹沢山地の西端、山中湖の近くに位置する「三国山(みくにやま)」は、神奈川県、山梨県、静岡県の3県にま…
【丹沢・大山】都心からアクセス抜群!大山阿夫利神社と紅葉スポットを散策する日帰り登山
関東屈指の人気の山域、丹沢の東側に位置する大山は、ピラミダルな美しい山容が特徴の山です。古くから山岳…
【鳥取・大山】初心者でも安心!自然と歴史満喫の夏山登山道、行者コースを歩く
鳥取県西部に位置する「大山(だいせん)」は、西日本最大級のブナ林や国の特別天然記念物ダイセンキャラボ…
【棒ノ折山・登山】「鎌倉殿の13人」畠山重忠ゆかりの山!渓谷を沢登り気分で楽しむ日帰り登山
奥武蔵エリアにある「棒ノ折山(ぼうのおれやま)」は、渓流沿いのコースで沢歩き気分が楽しめる山です。ゴ…